旅レポ どうしてもバニラエアで奄美大島に行きたい関西人はこう旅行する!パート2 成田からTAKEOFFがまさかの…

皆さんこんにちは。

アリガッサマTVの清水です。

今日は、

旅レポ どうしてもバニラエアで奄美大島に行きたい関西人はこう旅行する!パート2 成田からTAKEOFFがまさかの…

です。格安航空会社(LCC)のおかげで奄美大島を知り、すっかり魅了されてしまいました。

そのバニラエアですが親会社は全日空(ANA)。

同じANA系列のピーチアビエーションに合併される事が決まり、順次移管作業が進んでいます。

バニラエアはもともとマレーシアのLCCエアアジアとANAの合弁で作られたエアアジアジャパンでしたが、就航1年くらいでエアアジアとの合弁を解消し、バニラエアとして再スタートします。

小規模ながら順次路線拡大を進めておりました。

奄美路線に関しては奄美空港の年間利用者数がプラス10万人以上になり島に42億円もの経済効果をもたらしたと言われ、”LCC効果”‘バニラ効果”とも言われました。

対するピーチ はどの外資系とも手を組まず和製LCCとしてスタートします。

当初は中途採用でしかクルーを採用していなかったのですが、航空業界以外からの異業種からの人材を積極採用するなど独自の戦略で順次売上、路線網を拡大してきました。

現在は国際線、しいては中距離路線への本格参入を目指しています。

ピーチCEOの井上さんは、

「儲からない仕事(路線)はやらない」

と、堂々と断言するなど他社エアラインのトップでは出来ないような発言などで注目されています。

このように急拡大したピーチにバニラが吸収される日はいつか来るだろうと思ってましたが、昨年の冬に突如として発表され、順次移管作業が進んでいます。

今まで利用していた関空-奄美便は2019年GWをもって運航終了。

成田便も本年8月31日をもって運航終了となります。

大阪住みなら奄美へは、

伊丹からJALが毎日1便

神戸からはスカイマークが鹿児島乗り換えで毎日1便飛んでます。

が、どうしてもバニラエアに乗りたいので成田まで来ました。

前日は上野に宿泊し、朝、京成上野から普通に乗り、京成高砂でアクセス特急に乗り換えます。

新線のスカイアクセス経由になると電車賃も高くなりますが、さすがに早くて高砂から40分くらいでした。

成田空港第2ビル駅から何百メートルも歩いて、シャトルバスに乗ってLCC専用の第3ターミナルへ。

遠い…

ここは関空の第2ターミナルにも似たつくりですが、仮設店舗っぽい雰囲気がハンパないですね。

ターミナル内での上下移動もさることながらかなり歩かされるので多少しんどさを感じました。

第3ターミナルにはブリッジがなく、全てタラップだそうです。

LCCだから経費削減でしょうかね。

で、搭乗手続きを終え、タラップを上がり機内へ。

いつもの機内BGMを聴いているといつのまにか飛行機は動いていた。

CAさんよりアナウンス、もろもろの非常用装備の装置の仕方などの説明を受け、シートベルトを締めたら飛行機は滑走路へ。

さすがは世界有数の空港だけあって離陸待ちの飛行機が10機以上もズラリと…

出発してから40分後、なんとか離陸。

しかし離陸してからベルトサインが消えるまでの間、今まで経験したことがないような横揺れを感じて少し怖さを感じる。

が、奄美大島へ少しずつ近づいているでしょうからワクワクしてきた。

と、その時機長からのアナウンスが入った。

機長のアナウンスはバニラでは恒例です。

いつもの自己紹介の次に衝撃的な言葉が…

「当機はエアコンのシステムに不具合が生じましたので成田に戻る事が決定しました。」

ナント成田に戻るのですよ。

大阪からわざわざ大好きなバニラに乗りに来たのに…

ほぼ満席の機内。

皆さんも観光、ビジネス、帰省など色々と予定があるでしょうに…

出発前、ターミナルから眺めてたら飛行機を取り囲む整備士さんが沢山いて、機内からパイロットさんが出てきたり、搭乗案内も遅れてたり、そして今までに経験した事がないような横揺れ…なんかおかしいと思ってましたがまさかのエアカムバックでした。

着陸して降ろされたのは第3ターミナルではなく格納庫の近く。第3ターミナルからおそらく一番遠い場所。

そこでタラップを降りて、シャトルバスに乗り、色んな飛行機を間近に見ながら10分で元の成田空港第3ターミナルに戻りました。

幸い振替便の手配がされているようで15:30にフライトする事になりました。

それまでは空港のフードコートで昼飯食べながらやりすごそうかと思っています。

次回はバニラエアリターンマッチ編です。

【了】

著者:清水きみひと(アリガッサマTV)

1974年大阪生まれ。

大学卒業後、物流会社に総合職として入社。トラック運転手や倉庫業務の実務経験を皮切りに国際複合一貫輸送のオペレーターとして北米、アジア向けの船舶手配、輸出入手配、梱包作業管理を一任され頭角を現すもストレスに負け退社。広告代理店に転職し、一から営業ノウハウを学ぶことになる。2014年初めて自分の会社を設立する。ライターとしてはまだまだ不十分だが、物流会社時代に培った体力と広告代理店時代に誓った”いいものを伝えていく”ポリシーを守り抜く所存で日々の仕事をこなしている。

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